本当に厄介なのは、
多くの人が気付きもしないから。
知らず知らずに、
体感に洗脳され、蝕まれていく。
序論:正しい=ピンとこない
体感がある、ない。
こんな感じでやるとうまくいく、いかない。
○○は、こんな体感だった。
体感を頼りに踊る人は、非常に多い。
こうした性質を持っている人が、正しい動きをしてみると、納得出来なかったり、認知出来なかったりする。
要するに、”ピンとこない”のである。
正しい事を身につけたいと思いつつ、正しい事を受け入れる事が出来ない状況だ。
そうして、自分自身が”ピンと来る事を望んで”、セミナージプシーになり、指導者を次々に変えていく。
つまり、正しい事を正しいと判断できるだけの材料がないからこそ、起こり得る事である。
本稿では、体感について解説していく事とする。
本論:体感という落とし穴|あなたの足を引っ張る体の感覚
本論1:わからない方が良い
何かをよくしたい。
その為に、改善・改良をするとは、どのような事か。
▶︎これまでとは異なる方法・方式を取る。
▶︎経験した事のない動きや体の動かし方をする。
▶︎自分にはない運動パターンを取り入れる。
この時点で、[経験がない] もしくは [薄い]事をするのだという事は、お分かりになるだろう。
という事は、今まで持っていた体感で”ピン”とくる方が、何かが足りなく、何かが間違っている事にお気づきになるだろうか。
経験がない・薄いものをしているはずなのに、ピンと来るのであれば、今までと同じ事を繰り返している可能性がある。
こうした時に、確信的に体感があるのは、実は、要注意である。
本論2:上達に必要なのは、体感ではない
何かを変える・良くしようとする時に大事なのは、体感ではない。
事実である。
つま先を伸ばすように言われたら、体感があろうとなかろうと、伸びている事が重要である。
体感をアテにしていると、
先生:つま先を伸ばして!
↓
あなた:つま先が伸びた時って、指がこんな感じで、足裏はこんな感じだったから、これをやろう。
↓
大抵は、目的達成されずに終わる。
こうしたサイクルに陥りがちである。
自分が満足するだけならいいが、上達を目指すのであれば、これでは不十分となる。
どうして、このようなサイクルに陥りがちなのだろう。
この例でいうと、
▶︎つま先がどの程度伸びていたらOKなのか
▶︎つま先がどうなっていたらNGなのか
具体的な目安と、そのボーダーラインが分かっていないからである。
ここは、ひたすら動いて覚えるではなく、理屈で整理しておかないと、同じ事を繰り返してしまう。
理屈が分かっていれば、あとは、理想形に向かっていくだけだ。
ここまで分かっていれば、体感にこだわっている暇はない。
この例でいうと、最低でも”どのくらいまで伸びたら、ひとまずOKなのか”は、把握しておきたい。
結論:体感という前提
体感を頼りにした上で、正しい事を身につけるのであれば、あなたの体感が200%正しい事が前提となる。
体感が正しくないのに、頼りにすれば、自ずと間違った事が身についてしまう。
多くの人は、ここに気づいていない。
では、200%正しい体感を持つ人間はいるのだろうか。
それは、無理な話である。
人間である以上、無理だ。
私達は、マシーンのように、予めプログラミングされているわけではないのだから。
正しい事をした時に、モヤモヤする、体感がない、ピンとこない。
そうであれば、本当に正しい方向に向かっている可能性はある。
少なくとも、これまでと違った経験をしている事には、間違いないだろう。
謙虚でいたければ、体感はアテにしない事だ。
体感をアテにしていると、自分の世界にこもりがちになる。
ドアを開けて、外へお出かけしよう。