誤認との戦い。
人間である以上、誰しも。
序論:”大人”の課題がある
ルルヴェやジャンプで床を圧す。
膝を伸ばす。
バレエでいうところの “床を圧す” とは、既に、体が高くある事が前提である。
その上で、ルルヴェやジャンプで膝を伸ばす時、大人にとって課題となるものがある。
いわゆる子供を過ぎたら、筋力は何もしなければ落ちていく。
故に、子供以上に大事なのである。
本稿では、膝の伸ばす際に気をつけたい事について述べるが、年齢を重ねるごとに重要度が増す事を、予めお伝えしておく。
また、床を圧すという概念に関しての記事のリンクを貼っておくので、ぜひお読みいただきたい。
本論:膝を伸ばす・床を圧す要素|ルルヴェとジャンプから紐解く
本論1:大人に見られる誤認
本稿では、実際のレッスンで行う事、意識の持ち方について述べる。
膝に関しての知識、概論については、こちらでご確認頂きたい。
さて、ここでは ”誤認” について述べたいと思う。
ルルヴェを例に取ろう。
この時に、最も誤認しやすいのが、”床を圧す”と”体重をかける”(乗せる)である。
同一ではなく、全くの別物であるが、体感として誤認しやすい。
誤認。
誤った認識をしているという事。
つまり、誤った情報を”正しい”と認識してしまっている。
大人のバレエクラスを指導する場合、それも”お客様”としてではなく、明確に成長を目的としている場合では、誤認している事を認識してもらうことが、正しい動かし方を身につける上で、第一歩であることは間違いない。
これは、子供を対象とするクラスでは、ほぼ必要がない。
1つ、あなたに知っておいて欲しい事がある。
誤認していることに気づかないうちは、教師の仕事は、言い続ける事と待つ事くらいである。
気付いていないのに、言ったところで響かない。
違ってたのかも…と気づくと、今までやってきた事が無駄だったと思ったり、気落ちしてしまう人がいる。
これは、全くもって意味がない。
誤認していたことに気づいたということは、喜ぶべきである。
ここから先は、改善の道を辿るであろう。
やっと、本題の入り口に立てたのだ。
最も厄介な事をクリア出来たと思っていい。
へこたれずに、どうか前を向いて欲しい。
本論2:反動で膝が曲がる現象
ジャンプでも同じような事が起きているが、現れる形はちょっと違う。
各ポジションのタン・ルヴェやシャンジュマン、アッサンブレなどでは、顕著にその傾向が現れている。
ジャンプでは、体が床から離れる。
故に、足部に体重をかける事は出来ない。
すると、”膝が伸びない・伸びて見えない・伸びきらない”という現象が見て取れる。
膝に重さをかけることで伸ばしていたことが、出来なくなるからである。
教師がジャンプでいうところの「床を圧しなさい」とは、プリエからジャンプをする際に、つま先を胴体から出来るだけ遠ざける事でコントロールし、さらに、長い脚を形成するという狙いがある。
体重をかけてしまうルルヴェと同様に、ジャンプ前のプリエで重さをかけてしまうと、反動でつま先を近寄せてしまう。
結果、膝が伸びずに全体のラインが損ない、形式外の形になってしまうのだ。
この反動を抑制する事は、バレエにおけるジャンプの要となる。
本論3:床を圧す為に必要なこと
ルルヴェにしても、ジャンプにしても、やる事は同じだ。
膝のお皿を引き上げる。
大人は、これに尽きる。
注意点を述べておこう。
決して、膝を横方向に押し込んではならない。
骨盤の方向に、引き上げるのだ。
まずは、第1ポジションのルルヴェやタン・ルヴェで試してみよう。
▶︎ルルヴェに立った時
▶︎タン・ルヴェで空中に体がある時
膝のお皿はしっかり上がっているだろうか。
バーレッスンでのタンジュやロンドジャンブアテールのような、膝を伸ばす動作ではどうだろう。
しっかり上がっているか、確認してみると良い。
バーレッスンでしっかり取り組むと、センターでのルルヴェやジャンプ、ピルエットなどで意識しなくても、膝のお皿が上がるようになってくる。
本来、プリエのような膝を曲げる動作でも、膝のお皿は引き上げたまま行う。
とは言え、ここを文章や画像などで説明するのは、困難を要する。
難度も上がる。
まずは、膝を伸ばした時でやってみるのがベターと思われる。
結論:大人が機能低下に陥りやすいことの1つ
膝のお皿が下がっていると、体重をかけることで動作を生み出してしまう。
悪い意味での “反動利用” である。
レッスン中の意識付けは、非常に有効である。
その上での提案がある。
スタジオに入る瞬間から、膝のお皿を引き上げる事に気を払って欲しい。
大人の場合、既にお皿の位置が、本来あるべき位置よりも下がってしまっているケースがほとんどである。
そして、その位置で定着してしまう。
もちろん、普段の生活でも意識できたら最高だ。
くれぐれも、膝を押し込まないことだけは守って、出来るところからやってみよう。
「明日から」ではなく、「今日から」。
信号の待ち時間だけでもいい。
最後の晩餐よりも、日々の信号待ちがモノを言う。