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聞く・聞き流す。一体、何が違うのか。

エッセイ

おニャーさんが思ったこと、感じたことをお伝えするエッセイ。「聞く」ということができる人にとって、説明しにくい聞き流すとの違い。
頭に入る・入らないの違いについて、おニャーさん目線でお伝えします。

聞く・聞き流す

聞く。そして、受け止める。
聞き流す。耳には入るが頭に残っていない。

この違いを説明するのはとても難しいことですし、聞き流している人に「聞いて!聞いたものを受け止めて!」と言ったところで、なかなか通じるものではありません。

サウンドとノイズ

サウンド(音)とノイズ(雑音)。ここでは、ランゲージ(言語)もサウンドに含めましょう。

耳にとっては、サウンドとノイズの区別がなく、全てノイズなんだそうです。

じゃあ、どこで区別してるの?という話になりますが、それが【脳】なんだそう。

耳がいいとか言いますが、実際には脳が処理しているんです。「これはノイズ、こっちはサウンド」というように。

ここ、ポイントです。

受け止めることが必要な理由

ただ聞き流すのではなく、聞き止める・聞き受け止める必要がある理由。

それは、サウンド(ランゲージ)として認識するためです。

自分から受け止めようとしなければ、耳から入るものは全てノイズとして処理されてしまいます。

脳まで届けて、はじめて、サウンドかノイズかの判定に入るわけです。

ただ聞いているだけだと、判定さえ至らない。

必要なことを脳まで届ける。そして判定し、必要なものはサウンドとして処理することが必要だというワケです。

先生の言葉はノイズ?

こうしてヒトの仕組みがわかると、ボーッと聞いているだけでは話が入らない理由もわかってきます。

例えば、バレエレッスンで考えてみましょう。

ただ、ボーッと先生の話を聞き流すこともできる。

そうすると、例え、あなたにとって必要な情報を先生がおっしゃっていたとしても、あなたは【ノイズ】として処理している可能性が高い。

“聞かなくてもいいもの” どころか、”ない方がいいもの” として処理してしまっている可能性すらあります。

だから、頭に入らないし残らない。

ない方がいいわけですから、排除したいわけです。

普段の先生が言っている注意が頭に入っていないと、その解決法を知っても「なるほど!」と思うことはありません。

JBPを続ける意義を見つけることができないタイプの1つです。JBPだけでなく、レッスンジプシーになりがちな人の特徴とも言えます。

サウンドにするということ

ノイズをサウンドとして受け止めるには、どうしたらいいでしょう。

少なくとも「この話は重要だ」とか「この話は、自分のためになることだ」と意識して話を聞くことが必要なのではないでしょうか。

それは、音楽にしても同様だと思います。

あぐらを組んで「さあ、私に大事だということをわからせて見ろ!」なんてことでは、やはり、話なり音楽なりは入らないだろうな、と思います。

横柄な心理状況ではサウンドにならない、ってことなのかもしれません。

子供と大人の違い

ここが、子供と大人のクラスの違いというか、教育の違いです。

子供なら「ノイズをサウンドにする教育」を試みることが必要とされています。

一方で大人の場合、そうした教育はすでに受けていることを前提にしてレッスンが進みます。

本人が選択してきたことを、他人が否定することはできませんし、修正することもできません。

人を尊重するというのは、いい面はもちろん尊重します。

その上で、悪いところも「他人に迷惑をかけない範囲であれば」尊重するということです。

これが大人の付き合いです。

サウンドとノイズ。
あなたも意識してみてはいかがでしょう。

最後までお読みいただき、ありがとうございました♪

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