11月ワークショップ発表!

どうなったら、バレエは上達してるの?

上達する、上手になる、成長する。
そもそも、どんなことを言っているのか。

 

 

上達する、上手になる、成長する。

大人のバレエの場合、今の自分より向上する という変化を求めるケースと、変化を求めず 今、楽しい時間を過ごせればいい と言うケースが存在する。

 

 

変化を求めず、楽しい時間を過ごしたい 本人がそう思ってやっているのならば、それも1つの選択である。

ただし、前から言ってはいるが、バレエの場合、ある程度きちんとやらないと、怪我などのリスクが伴う。

 

 

そして、お教室あるあるであるが、楽しい時間を過ごしたいタイプの場合、周りが視野に入らないケースも多く、センターレッスンでぶつかるなどの事故を起こしやすいのも事実である。

 

他人を巻き込まないように、自分の価値観を押し付けないようにだけは、気をつけて頂きたい。

これ以上のことは、ここでは言及しない。

 

 

 

ここで、お話ししたいのは前者について。

上達する、上手になる、成長する。

 

これが、どういう状態のことか。

意外とはっきりしていない為に、良い方向に向いていても実感しにくい。

 

3つに分けてお話ししよう。

 

 

 

[明らかに量が変わった]これは、非常に分かりやすい。

 

以前に比べて、明らかに

・回れるようになった

・脚があがるようになった

・開くようになった

 

ビフォーアフターの写真を並べたとしたら、誰もがわかる変化であること。

誰もがわかる、或いは、誰でもわかる というのがポイントである。

 

教師や本人だけがわかる、ではない。

バレエを知らない人が見ても、あなたを知らない人が見てもわかる、明らかな違い。

 

明らか というのは、人から認められやすいし、認めやすい。

量を敬遠する人もいるが、人に認められやすい武器があると、自信に繋がり、自信に繋がると素直になれる。

 

だからこそ、敬遠しない方がいい。

無理にとは言わないが、やってみたいと思うならば、トライする価値はある。

 

 

 

 

次に取り上げるのは、[1ミリ、良くなった] というケース。

人は、ここを見逃しがちである。

指導者だけでなく、本人すら自覚しにくい。

 

・1年前より、1ミリ開けるようになった

・1年前より、1ミリ上がるようになった

・1年前より、1ミリ位置が良くなった

 

たった、1ミリ と思うかも知れないが、体で言う1ミリとは、非常に大きなものである。

かつての師匠は、こんなことをおっしゃった。


足元の1ミリは、体全体では何十センチにもなることを忘れるな

 

足元だけでなく、腕や頭、指先が1ミリ違ったら、いい意味でも、悪い意味でも、全身に及ぼす影響は大きい。

バレエに限った話ではないのだろう。

技術を身につけようと思ったら、この1ミリがどれ程のものか、繊細に感じ取らねばならない。

 

1ミリ、良い方向に変わった。

十分な上達であるし、成長である。

 

1ミリを[確実に]捉えることは、簡単なことではない。

1ミリ変化していたら、体全体やテクニックには、それ以上の変化が起きている

 

たった1ミリ、されど1ミリ。

立派な、確実な成長であることに気づきたい。

 

 

 

 

3つ目は、[教師の意図が通じるようになってきた、反応が早くなった]というケース。

個人的には、ここが最も大きな収穫であるように思える。

 

・バレエの意図が通じる、理解できる。

・教師の意図が通じる、理解できる。

 

ここに関しては、自分では判断しにくい。

本人が気付くまでに、多少の時間を要する場合がある。

 

というのも、大抵の場合、教師が先に気づく。

テクニックや体に変化が起こりはじめてから、やっと、本人が気づくものだからである。

 

本人が気付くくらいになると、既に変化が連鎖して起きている。

つまり、本人が意図していないことまで良くなっていく。

 

ここまでくると、バレエクラスの中で、教師とキャッチボールが出来るようになる。

バレエの中でのコミュニケーションとは、こういうことである。

 

ここで大切なのは、成長しているのか、自分に自覚がなくても続けること。

続けていると、良い連鎖が起きる可能性を秘めている。

 

 

 

 

最後に、最も重要なことをお伝えしよう。

それは、上達している、上手になっている、成長している自分に気づくこと である。

 

気づけるようになったら、それそのものが、成長である。

自分が良くなっていても、それ自体を認められない人も多い。

自分に厳しいことは悪いことではなく、むしろ、良いことと言えるだろう。

 

 

しかし、常に認めない状態は 客観性 に欠けている。

客観視した上で、自分自身が成長しているのであれば、それを認めることも 冷静な判断 であることを、忘れずにいたいものだ。

 

常に自分を否定していると、何が良くて、何が悪いのかを判断できなくなる恐れがある。

良かった状態が分からないということは、体に記憶するという 再現性 を育てることが難しくなる。

 

良くなったら、良い動きが出来たならば、今のがgoodなのだ と思うこと、脳に情報を送り込むことも、大切なことだ。

褒めるべきは、自分を褒めよう。

 

 

 

ここからは、ひとりごと。

私たちは、なぜ、上達したい・上手になりたい・成長したい、と願い、行動を起こすのか。

 

様々な理由があるだろうが、1つは、それが人間としての本能だからであろう。

時として、のんびりと時間を楽しむだけ、これを必要とすることもあるかもしれない。

 

しかし、程度の差はあれど、成長を望むのが本能であり、自然なことであることは、忘れるべきではない。

 

なぜ、上達したい・上手になりたい・成長したいのか。

それが、[楽しいことだと知っているから]、私は、そう思う。

 

 

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