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本当に大事なことは何か:回転が怖い理由

エッセイ

おニャーさんが感じたことを綴るエッセイ。

ご近所のおニャーさんとの井戸端会議のつもりでお読みください♪

2022年7月受付中

5月末に“苦手克服シリーズ“ということで、ピルエットアンディオールを取り上げました。

テーマは、苦手から“まぁまぁへ“

この記事をお読みの方には、「なぜ、苦手から好き・得意ではないんだ?」と思うかもしれません。

それは、そうですよね。

世の中「苦手なものが大好きになります!嫌いなものが得意になります!楽して●●になれます!」なんて広告に溢れているわけですから。

私はですね、回転だけは他の動きとは違うと思っているのです。

それは、(イギリスの大学だったと思いますが)研究結果で示されていることなんです。

回転というのは、目が回ります。フラフラします。

脳の中には、そうした状況を「危険」と察知する箇所があるそうなのです。

バレエに限らず、回転を「怖い!危険!」と察知しない場合というのは、どうやらここの機能が抑制されているようなんです。

これって、いいんだか悪いんだかって感じがしませんか?

この説で考えると、回転をぐるぐるしても怖くも何ともないというのは、決して、体の機能が進化しているわけではないんですよ。

バレエでもスポーツでも、こうした側面があります。

進化しているのではなく、「退化しているからこそできてしまうこと」これがいいと言えるのか。

私には、未だ答えが出ていません。

さて、そうしたこともあって、回転は他の動きとは違うと思っているのです。

子供の頃から回転慣れしたダンサーや教師と、大人になってからはじめた人では、“努力、練習量“では片付けてはならない違いがあると思っています。

ちなみに私の経験でいうと、バレエ自体を大人からはじめた場合でも、学生時代に回転を多く伴うような競技などを経験していると、やはりここには抵抗がないことが多いように感じます。

20年近く前、「学生時代、体操部だった」という、大人からバレエをはじめた方がいらっしゃいました。

その方、毎回のレッスンで“最低でも4回転、5回転“、調子がいい時は6回転も回っていました。

そういう方もいらっしゃるのです。

こうしたこともあって、個人的に「回りものが怖い」というのを、マイナスには受け取っていません。

「人間としての、大事な防御機能をちゃんと持っているんだな」と思います。

けれども、バレエレッスンには回りものが出てきます。

いつまでも怖いと、憂鬱になってしまいます。

そうしたこともあって「難しいことより、慣れてみよう!」という企画を発案したわけです。

ピルエットというのは特に、こうした「体の危機管理」というものが絡んでいます。

ですから、一度「嫌い、怖い、苦手」になると、そうそう簡単に「好き、全然怖くない、得意」にはなりません。

これが正直なところですし、年を重ねることを考えたら、ここがあまりにも緩んでしまうのも、ちょっとどうなんだと思います。

だって、そうでしょう?

危ない時に「危ない!」って、頭と体が合図してくれたら、とっさに体が反応して、大事に至らずに済むかもしれない。

「危ないのに、危ないと察知しなかったら」どうなるでしょう?

あなたなら、検討がつくかと思います。

そうしたこともあって、“まぁまぁ“になれば十分だと思っています。

レッスンでピルエットが出題されても、気持ちの負担にならないくらい。

最も、本当にここまでくれば、練習することも苦になりませんから、もしかしたら「ちょっと好きかも」になっていくかもしれません。

「慣れ」というのは、良くも悪くも、大きな力を発揮するものです。

何事も習っているうちは、自分が好きか嫌いか、得意か不得意かで判断しがちです。

自分を中心に、感情で判断しまうのです。

これ、ほとんどの人がこうです。

だから、他人から見える姿と、自分で思っている姿が一致しないのです。

「客観視」というのは、自分中心では見えてきません。

相手の立場に立たないと。

つまり、思いやりを持つだけの「想像力」がないと、客観視することはできないのです。

ちょっと極端な言い方かもしれませんが、みている人からは、踊っている人が“ピルエットが得意か苦手か、好きか嫌いか“なんて、はっきり言って関係ないんです。

大嫌いでも、苦手でも、できていればいい。

好きでも嫌いでも「できている」という事実が大事なんです。

ピルエットだって、バレエにおいては「全体の動きを構成する1つのステップ」に過ぎません。

文章を構成する1つの単語として、役割を果たしていれば、それでいいのです。

ここがスポーツとは違うところで、回転数に応じて得点が増えるわけではないのです。

それよりも、きちんと美しい「文章」に仕上げることの方がずっと大事です。

最後に、若かりしころ師匠に教えていただいたことを話そうと思います。

解説はしませんので、この意味を考えていただけたら幸いです。

よく、舞台前に生徒に「いつも通りやればいいのよ、緊張しなくていいのよ」と言っている教師がいる。

生徒はそうでもないんだよ、緊張していつも通りじゃないのは先生なんだよ。

自分を落ち着かせようとして、そうやって発する言葉で、その緊張が生徒にうつってしまうんだ。

大事なのはね、生徒も教師も緊張しないことじゃない。

緊張はした方がいいんだ。

本番なのに、全くいつも通りではいいものは作れない。

大事なのは、緊張しても、いつも通りじゃなくても「できること」だよ。

そこを計算して練習するってことだ。

緊張したからできなかった、これは練習の仕方が間違っているか、何かが足りないってこと。

それが大事だ。そういうことができる指導者になりなさい。

この話を覚えておいて、舞台袖で観察してみるんだよ。

お読みいただき、ありがとうございました♪

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